Soil非営利スタートアップを支援するインキュベーター・アクセラレーター |

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非営利スタートアップが芽吹く土壌から 新しいエコシステムへ 久田哲史(Soil代表理事)

2023.01.25

営利企業としてのスタートアップは、素早い成長で企業価値を高めることを見込んで投資家が創業期のシード(種)から育てるエコシステム(生態系)が広がってきました。

しかし、貧困/格差や環境問題、医療/福祉や教育、地域振興など、様々な社会課題の解決は、重要なテーマであっても、大きな経済的リターンが見込めない限りは、なかなか資金が集まりません。これが「社会課題解決の”課題”」になっています。

財団法人Soilはその課題を解決しようと設立されました。企業価値の最大化ではなく、社会課題解決を主軸におく非営利スタートアップを支援する。営利スタートアップの上場によって築いた資産を元手に財団を設立し、代表に就任した久田哲史さんに、そのミッションやビジョンについて聞きました。

久田哲史(ひさた てつし) 株式会社Datachain代表取締役CEO、株式会社Speee創業者兼取締役。2007年にSpeeeを創業し、代表取締役就任。2011年、新規事業創出に専念するため代表を交代。2018年、株式会社Datachainを設立し、CEO就任。2023年、一般財団法人Soilを設立。

非営利スタートアップの支援に営利スタートアップの知見と資産を活用する

学生時代にSpeeeを立ち上げてデジタル・マーケティングを手掛け、新規事業を担当してシリアル・アントレプレナー(連続起業家)に。現在はブロックチェーン事業に取り組んでいます。Speee上場で築いた資産で新しい財団を立ち上げ、社会課題の解決にどのように取り組んでいくのでしょうか。

久田:私たちはSoilを「非営利スタートアップのインキュベーター・アクセラレーター」と定義しています。非営利スタートアップに、圧倒的に不足している創業期資金を助成し、また成長のための支援をする財団です。インパクト投資など、投資と寄付の間を担う、社会課題解決のための資金インフラは増えてきています。

他方、経済的リターンを一切求めない、エクイティも取らないという、非営利スタートアップ向けの”寄付”は、国内では稀であると思います。国内での寄付は、絶対額も限られている上、その支援も社会的に極めて困難な立場の人向けや、教育/研究など、特定の領域に偏っていて、いわゆる”事業性資金”がまったく足りていません。

スタートアップエコシステムの成熟によって、なんらかの経済的リターンがあるプロジェクトの資金調達は、大きく改善されています。

ただ、”儲からないけど意義がある”事業を実施する非営利スタートアップは、資金の出し手が構造的に不足しています。最初から儲ける気のない人たちには、お金が集まらないのです。

この「社会課題解決の”課題”」の解決策として、Soilが考えるのは、ごくシンプルな仕組みです。

起業家が営利スタートアップのエコシステムで、IPOやM&Aによって得た資金を、非営利スタートアップの助成に向けること。またそれだけでなく、事業開発のナレッジによって成長を支援していくことです。

Soilは、このコンセプトを体現するのはもちろん、これをモデルとして大きく広めるきっかけになることを目的としています。

起業家には、資金があり、事業をつくる能力があり、テクノロジーへの理解もあって、ソーシャルインパクトを志向する感性もあります。実際に、すでに取り組みをしている方々もいます。そういった方々がSoilの活動に加わったり、Soilのモデルを参考にしつつ独自に活動したりすれば、その生態系はどんどん大きくなります。

ここ十数年で急速にスタートアップエコシステムが醸成されてきたのと同じことを、非営利スタートアップでもできるのでは、と考えています。

起業家には、社会的影響力がある人も多く、あたらしいナラティブを生んで、モデルが広まっていくと思います。また、そういった資金があることを知って、これまで非営利スタートアップに携わってこなかった層の、チームへの参画も加速するでしょう。そういった人と文化の融合という観点でも、この取り組みの価値があると考えています。

「非営利の事業性資金の不足」という課題

営利スタートアップの世界で生きてきた久田さんが、非営利スタートアップの世界の課題に気づいたのは、どういうきっかけなのでしょうか。

久田:営利企業でも、収益性の高い事業とそうでない事業があり、また収益が上がるまで早い事業も時間がかかる事業もあります。営利か非営利かというのはただのグラデーションであって、意識してないだけで、ほぼすべての事業家が日々思考していることだと思います。経済的なリターンがそれほどなくても、世の中にインパクトをもたらす事業があるという感覚は、常に持っていました。

Soilを立ち上げるにあたって、社会的起業や社会的投資などの分野で活動する方々の話を聞くことで「社会課題解決の”課題”」がより明確に理解できました。

例えば、日本では社会課題解決の分野の資金の総量が不足している上に、その資金の多くは社会的に極めて困難な立場の方への支援、または教育か研究などの特定の領域に偏り、いわゆる事業性資金は特に不足しているという点です。

普段、事業づくりに関わっている方であれば、事業というもののシステムの強力さについて、実感があるでしょう。資金を集めて、チームがプロジェクトの課題解決を通じて、社会にインパクトを与えていく、という仕組みの価値についてです。

非営利事業には、価値があるのに、そこへの資金が圧倒的に不足している、というギャップがあります。当然、既存で寄付されているテーマが大事であることは前提として、事業性資金というのは、スケールするお金の使途である、といえると思います。

Soilが社会課題解決のための非営利スタートアップのインキュベーター/アクセラレーターになり、「非営利の事業性資金を増やしていく」というコンセプトはここから生まれました。

Soilを新たなエコシステムのきっかけに

非営利スタートアップを支えようとする寄附や人材育成の取り組みは、これまでにもありましたが、なかなか規模が大きくならないという課題がありました。

Soilが一つのモデルになれば良いと思っています。私たちのようにインターネットや営利スタートアップのエコシステムで恩恵を受けた20〜50代の起業家たちには、資金もあるし、テクノロジーへの理解もあります。そして、社会課題を解決していきたいという感性が強い人が増えています。

Soilが支援することで成功する非営利スタートアップが出てくれば、Soilを通じてこのエコシステムに資金やノウハウを提供しようという人たちも出てくるでしょうし、Soilとは別に自分で財団を作ってみようという起業家もいると思います。ベンチャーキャピタルがたくさん登場し、それぞれの強みをもっているように。

営利スタートアップの世界で活躍する人達は、ソーシャルセクターに関心があるけれど、自分には縁遠いと感じている。でも、違いは大きな経済的なリターンがないだけで、非常に似た仕組みで成り立たせられる。Soilのコンセプトでは、あえて営利スタートアップの人たちが慣れ親しんだ言葉で定義するようにしています。経済的リターン以外は一緒なんだと知ってもらうためです。

WillとTalentがある人たちが集まって熱がうまれ、資金と知見が加われば、非営利の新しいエコシステムが誕生します。営利スタートアップをシード(種)から育てるシード投資家に対して、私たちは非営利スタートアップを育てる土になりたいという思いで財団をSoil(土壌)と名付けました。Soilが新しいエコシステムの土壌にもなれればと思っています。

長期的には確実に正しいものを、今、始める

新しいエコシステムを作り出していくために、Soilはどういう戦略をとるんでしょうか。これまでの取り組みとの違いは何でしょうか。

5つのポイントがあります。コアコンピタンスの最初に掲げたのが「社会的インパクト」。ソーシャルインパクトを志向することは、第一です。

次に「創業期の支援」。挑戦の総量が重要であって、そこに直接的にアプローチします。また、資金の目処が立たないから取り組めない、というのはこの分野で決定的な課題であるので、この解消が大きなレバーであると考えました。

そして、「テクノロジー重視」。課題は普遍的であり、新しい解決策によって、新しいプロダクトがうまれると考えています。根深い社会課題には、テクノロジードリブンで取り組む重要性が高いです。

また、「経済的ノーリターン」と「最良のパートナー」も掲げました。インパクト投資含め、社会課題への投資はこれまでもなされてきています。他方で、一切の経済的リターンを求めない、エクイティもとらない、というポジションの、事業性資金は稀ではないでしょうか。また、寄付であったとしても、その背景に公的資金がある場合、過大な成果や確実な成功をもとめられ、実質的制約となるケースが多いと思います。個人拠出で、一切経済的リターンをもとめない、と決めることで、Soilでないと支援が難しいチームに資金提供ができるようになります。

また、不要な報告を求めず、評価が難しいソーシャルインパクトの明示などの負担を割け、事業立ち上げのために必要なことだけを支援する、最良のパートナーとなりたいとも考えています。

Soilを設計していく中で、尊敬すべき先人の方にフィードバックをいただき、起業家が非営利スタートアップを支援していくというモデルだからこそ、出せる価値があるのだと気づいていきました。

繰り返しになりますが、だからこそ、個人的な寄付ということにとどまらず、モデル化して、それを発信し、エコシステムの中に取り込んでいく、ということに重きをおいています。

具体的にはまず、何からはじめるんでしょうか?

Soil1000とSoil100というプログラムを作りました。Soil1000では1000万円、Soil100では100万円を上限に社会課題の解決に取り組むスタートアップやプロジェクトを支援します。Soil1000が優れたアイデアとチームがすでにあるプロジェクト向け、Soil100はアイデアもチームもないけれど、このプログラムを通じてそれを起案していく方を対象にしています。

支援先が軌道に乗り、コミュニティが徐々に広がっていくことで、Soil以外からも出資が入り、同じような財団法人のモデルが増えていく……。そんな未来を思い描いています。

私にとって、Soilの活動は論理的な帰結です。これだけ情報がオープンになっている今、まだ誰も思いついていないアイデアというのは原則なくて、でも、まだ誰もやっていないものというのはある。そういう、大きなインパクトがあるけど、まだ形になってないことこそ、重要な機会であると思います。

その視点では、儲からないけど、意義がある課題は、まだまだフロンティアであって、取り組まれないことは社会的損失ではないでしょうか。

私がSpeeeを創業した2007年当時、起業はまだ少しあやしさが残るフェーズだったように感じます。ただ、今ではその意義を誰もが信じ、語るようになりました。非営利スタートアップは、歴史こそあれ、まだ多くの人にとっては自分事として捉えられてはいないかもしれません。

実在に比して、その価値や意義が理解されてない、信じられていないというものは、時とともに自然とギャップは埋まっていくと考えています。今、Soilが取り組もうとしてることは、3年後、5年後にはあたり前のものであって、その未来が少しでも早く来る、一助を担えたらと思っています。

短・中・長期で、長期の予測というのは、大きくはずれない。長期的に、非営利スタートアップが大きく花開いていく、ということに多くの方は異存ないでしょう。ただし、短期でいえば、やれない、やらない理由がたくさん出てくるし、その延長で中期的展望をたてることも難しい。

だから、長期的に、本質的に価値があるものは、その認識が広がるまで、その認知的なギャップがなくなるまで、粘り強く取り組んでいきたいと思います。

個人資産を非営利に使う理由

起業家には、世の中を変えたい、お金を儲けたい、成功したいなど、様々な動機があります。久田さんはなぜSoilのような取り組みをはじめたのでしょうか。

「慈善事業をしている」「良いことをしたい」みたいな感覚ではないです。人はなぜ生きるのか、と自然と子供の頃から自問してきました。その中で、生きる意味はない、という解にたどりついていきます。

その上で、生きる意義や価値がないと生きていけないという切迫感のようなものがあります。ただ、それを解消するために何かをしている、というよりは、そういうことが深層にあるから、こういったことへの衝動や没頭があるのかな、という理解をしています。

そもそも生きる意味はないと考えているからか、私は自分自身の幸せにあまり関心がないです。Speeeを創業して数年で、いずれ上場などによって大きな資産を保有することになるだろう、と思いました。最初から、それらを自身の生活に投じる、という選択肢はありませんでした。

その資産をどうしていくのか定義をしないと、事業を成長させていきたいという気持ちにノイズが走る気がして、十数年前のタイミングから、営利の活動はSpeeeで、個人資産については非営利に、ということを決めていました。

何をするか、ということは、実は後から考えていて、最初にどのような目的に投じるか、ということを決めていた形です。

人が何かをはじめる時に、こうあらねばならないというものはなくて、ひょっとしたら自分らしさに向き合っている方が、意味のある何かになるのかもしれません。

いつの時代も、最重要な資源は「事業をつくる人」

プログラムへの募集に関し、どういう人達の参加を想定していますか?

まずは、シリアルアントレプレナー的な人。その分野においてすでに成果を収めている人は、事業を成功させる確率がとても高いです。営利でも非営利でもそれは変わりません。

Soilが立ち上げの段階でまず支援したのは、デジタル・ジャーナリスト育成機構(D-JEDI)です。代表の浜田敬子さんら理事の方々は伝統的なメディアの世界も新興メディアの立ち上げも経験しています。

伝統的な報道技術とデジタルの知見をかけ合わせることで、メディア業界の人材育成とコンテンツ改善につながるというコンセプトは、テクノロジーを重視して課題解決を目指すSoilの方向性とも一致しますし、事業立ち上げの経験は必ず役に立つはずです。

次に、自ら学べる人です。事業の立ち上げ経験がなくても、自ら学ぶ力がある人は課題に向き合う中で、成果を出すために必要な力を得ていきます。非営利といえど、当然スタートアップの立ち上げなのですから、リーダーは機会をもって勝手に育っていくべきで、メンタリングなどはきっかけにすぎないのだと思います。

最後に、副業としての非営利スタートアップ、という新しくて大きな流れができたら、と考えています。営利企業で活躍しながら、社会課題の解決に役立ちたい、けれど、自分の力をどう活かせるかわからないという人たちは潜在的にたくさんいるのではないでしょうか。副業で収益を上げるのでなく、副業でソーシャルインパクトを出す、というのは、これから当然受け入れられていく価値観だと思います。

いつの時代も、最も重要な資源は事業をつくっていく人であって、その人たちが挑戦するために資金インフラが必要だと捉えて、Soilをつくりました。

人は、人にもっとも影響を受けて、新しいチャレンジをするのだと思います。合理的な何かより、あの人のようになれたら、あの人にできたのなら、という衝動が、変化を生みます。

少しでも多くの方が、Soilのコンセプトに共感し、プログラムに応募いただき、挑戦する方が増えたら、とても嬉しいです。

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