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新世代のインパクト投資による資金の流れが日本を変える 工藤七子(Soil 理事)

2023.01.25

収益だけでなく、教育や福祉、環境問題など社会課題の解決も目指す「インパクト投資」の市場が日本で急成長しています。その普及に努めてきた工藤七子さんは、今後は革新的なアイデアを持った小規模な団体や、マイノリティにもより多様な資金が流れるべきだと指摘します。Soilの理事にも就任する工藤さんに、社会課題解決への資金の流れをどう作るのか聞きました。

工藤七子(くどう ななこ) 三井物産を経て、米クラーク大学大学院国際開発学部の修士号を取得。大学院在学中、インパクト投資ファンドのパキスタン事務所でインターンに参加。2011年に日本財団へ入り、インパクト投資を担当。日本ベンチャーフィランソロピー基金、ソーシャルインパクトボンド事業、GSG国内諮問委員会などに携わる。2017年4月に日本財団からスピンアウトする形で社会変革推進財団(SIIF)を設立、常務理事に就任。財団でインパクト投資や社会起業家支援など、事業全般を統括。

欧米と異なる方向で進む日本のインパクト投資

教育や福祉、環境問題、地方創生などの社会的な課題解決も目指す「インパクト投資」。日本財団などで10年ほどインパクト投資の拡大に取り組み、現在はSIIFで幅広く社会起業家を支援してきた工藤さんには、日本の現状はどう見えているでしょうか。

工藤:日本のインパクト投資の市場規模を2014年に試算した時は二百数十億円でしたが、直近の2021年は1兆3000億円でした。こんなに短期間で急成長するとは想像していませんでした。一番大きな理由は、大手金融機関やグローバルな会社が、一気に「SDGs(持続可能な開発目標)」に動き出したことです。

ただ、資金の大半は、既存の大手ビジネスのサステナビリティ化へ流れています。小規模でイノベーティブだけれど、儲かりにくい分野には、まだ新たなお金がほとんど流れていません。

欧米の場合、大手の財団がビジネスと非営利のハイブリッドみたいな組織にインパクト投資する流れが最初に生まれました。そこへ次第に大手金融機関や大企業が追いつく構図です。日本も欧米と同じような発展を遂げると予想していましたが、欧米とは順番が逆で、日本では大手のインパクト投資が先行しました。

そのため日本には「小規模で未成熟だけれど、物事の本質を根底からひっくり返す革新的な事業をつくる起業家にリスクをとって投資する」という流れがまだ出来ていないと感じています。

成熟した国の課題解決に必要なのは大胆な起業家

リスクを取る投資が少ないことが、日本の社会起業にどのような影響を与えているのでしょう。

工藤:もちろん、大企業が持続可能な活動へ転換することも大事です。例えば、大企業によるCO2の削減や、非正規雇用者の所得向上など、ネガティブなインパクトを小さくしていくことの意義は、ものすごく大きい。

ただ、日本のように成熟した国で求められる社会課題の解決は、不足を埋めるタイプだけではありません。もっと複雑で、様々な事情が絡み合った課題が多い。そういう場合は、ゲームのルール自体を変える大胆な起業家やスタートアップが登場して、システムそのものを抜本的に変えるような動きが必要ではないでしょうか。

ただ、そういった挑戦は、経済的・合理的な視点で見ると、短期で儲けが出にくい場合が多い。規模感や成長スピードがメインストリームの投資家の目線に合わないというのが現実です。

私たちが進めるインパクト投資は、投資や融資したお金が返ってくることを前提にしています。もちろん、リターンの目線は色々で、ハイリスク・ハイリターンを求める方もいれば、ローリスク・ローリターンの方もいる。稀に「ハイリスク・ローリターンで良い」という財団もありますが、基本は見返りのある投融資です。

フィランソロピーがリスクを顧みずに投資するシステムはとても大切です。目先の利益を追わず、本当に大きな変革を目指している社会起業家に、どうリスクマネーを流すのかが、フィランソロピーの本当の役割だと思います。

リスクマネーが流れにくいのは破壊的なイノベーションだけではありません。例えば、LGBT向けのサービスや、地方の中山間地で地域のために営業しているビジネスなどにも流れていません。例えば過疎地で古民家を回収したハイエンド向けの宿を経営している企業があります。耕作放棄地の再生や雇用の創出という意味で、とてもインパクトがある。地方創生としてもシンボリックな事例です。

でも、規模が小さく回収に時間がかかる、「IRR(内部収益率)で言えば数%ですね」みたいな事業なので、既存の金融の常識で言えば誰もお金を出さないのが現状です。今後はもっとマイノリティや、「課題も解決策も明確だけど資金が無い」というところへお金を流していくべきです。

新しいフィランソロピーが起業家から生まれている

2020年4月、IT大手ミクシィの創業者で会長の笠原健治さんが、個人の資金10億円を寄付して「みてね基金」を設立。子育て家庭を支援する団体に助成を始めました。2021年7月には、メルカリ創業者の山田進太郎さんも私財30億円を投じて「山田進太郎D&I財団」を設立。理数系に進む女子らへの奨学金制度を始めました。

工藤:社会課題の解決という伝統的なフィランソロピーの視点で見ると、この10年間で、日本の財団法人の年間助成額トップ10の顔ぶれは、ほとんど変わっていませんでした。笠原さんや山田さんの活動で、ようやく変化が起きましたが、一般的な財団のあり方はそのままです。日本の財団セクターは、資産規模も助成額も欧米に比べてとても小さく、また、研究助成や奨学金の支給が殆どであることが特徴的です。

すべてのデータを把握しているわけではありませんが、例えば年に数人分の奨学金を助成する、といった小規模な財団も多く、社会課題解決を担うNPOなどの事業費や人件費など、組織の基盤整備費へ十分な資金が行きわたっていません。

新しいNPOを支援するプレイヤーが増えないと、社会起業家は育たないし、地位も上がらない。ソーシャルビジネスやNPOの規模、組織の基盤も強くならないので、セクター全体が成長できません。

その意味で、笠原さんや山田さん、そしてSoilの久田哲史さんといった世代の起業家が、どうフィランソロピーを進めていくかが、今後の社会課題解決の鍵を握っていると思います。

チャレンジの総量が増えればイノベーションも増える

新しいフィランソロピーは、どういう効果を生んでいるのでしょう。

工藤:一口にフィランソロピーと言っても、日本の民間財団で、個人の富裕層が自らの資産を基に事業をする自由度の高い財団は多くありません。久田さんは「起業当時から自分で資産を築いたら自分の為ではなく、社会貢献に使いたいと思っていた」というような考え方を持っています。これは一つ前の世代のお金持ちの方々には、あまり無い感覚だと思います。

さらに下のソーシャルネイティブ世代で、等身大の価値観を持った人たちが起業家として成功して富裕層になり、活躍する時代が来ています。若い世代が個人で財団をどんどん立ち上げて、経済効率の枠にはまらないチャレンジをもっと応援できるようになれば、チャレンジの総量が増え、良い意味で、向こう見ずな挑戦も出来るようになる。社会全体としてイノベーションを起こす人も増えるはずです。

日本のような成熟社会の課題は複雑性が高く、正解がわかっていることなんてほとんどありません。「こういう事業を増やせば日本全体が豊かになる」「こうすればヘルスケアの全課題が解決する」という確定的な処方箋は誰も持っていません。

筋書きのある事業で社会全体を回すことは無理だと気づいている人は多いはずです。気づいた人が「失敗するか成功するかは、やってみないとわからない」と積極的に取り組み、それを積み重ねることでしか、現在の課題を解決することはできないのではないかと思います。

経済合理性だけで考えたら誰も勧めないものでも、そこにニーズや具体的な提案があり、成果も生まれるとわかっている。「そうであれば、やるしかない」と考える人達が、これまではサポーターに出会えずに諦めることが多かった。彼らがチャレンジできる土壌をどんどん広げていきたいですね。

寄付や支援は「格好いい」という価値観を広げたい

インパクト投資の世界で活動してきた工藤さんが、Soilの設立に期待することは何でしょうか。

工藤:Soilの試みの新規性は、やろうとしている活動の中身よりも、久田さんのような成功した若手起業家が、自然体で、でもオープンにフィランソロピーをやろうとしていることです。まず、多くの人にとって久田さんが格好いい存在、憧れられる存在になってもらいたいと思います。

身近で寄付をする人の話は、実はよく聞きます。でも日本だと「売名行為だ」と言われるので、黙って寄付する人が大半です。多額の寄付や遺贈を頂いても、「名前を公表しないで欲しい」と頼まれることはよくあり、寄付者の名前を非公開にすることが頻繁にあります。伏せたい気持ちもよくわかります。

フィランソロピーを押し付けるとか、正しいことだと理解してもらうという意味ではなく、10代や20代の若い人たちに、寄付している姿を見てもらって「格好いいな」と感じてもらうことが、すごく重要です。それが社会起業の世界への資金の流れを大きくするきっかけになると思っています。

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