Soil非営利スタートアップを支援するインキュベーター・アクセラレーター |

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新しい「成功者」が社会起業の裾野を広げる 宮城治男

2023.01.25

社会課題をビジネスで解決することを目指して事業を始める「社会起業家」。その育成に取り組んできた先駆者が宮城治男さんです。元々、30年前に起業家育成からキャリアをスタートさせた宮城さんの目に、非営利スタートアップのインキュベーター/アクセラレーターを目指す財団法人Soilはどう見えるのか。話を聞きました。

宮城治男(みやぎ はるお) 徳島県生まれ。1993年、早稲田大学在学中に学生起業家の全国ネットワーク「ETIC.学生アントレプレナー連絡会議」を創設。2000年にNPO法人化、代表理事に就任。2001年、「ETIC.ソーシャルベンチャーセンター」を設立し、社会起業家育成のための支援をスタート。2004年から、地域の人材育成支援をするプロジェクトも開始。2011年、世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出。文部科学省参与、中央教育審議会 臨時委員、内閣官房まち・ひと・しごと創生会議構成員等を歴任。

営利スタートアップはストライクゾーンが狭い

宮城さんは1993年から起業家を支援し、社会起業家の育成へと活動の重心を移してきました。起業家を支えるエコシステムは広がってきましたが、社会起業家の分野はどういう状況でしょうか。

宮城:社会起業家は、潜在的に社会が求めていたり、やりたい人がいたりするにも関わらず、実際に行動する人がまだまだ少なすぎます。

私がNPO法人ETIC.を1993年にスタートした頃、大学を卒業したら起業するという人は、父親が起業家な人ぐらいでした。そこでETIC.は「起業家という生き方もある」「やりたいことがあるなら自分で作る選択肢もある」と伝え続けてきました。まずは、挑戦方法が多様だと知ってもらうことや、志を掲げてもらうことから始めたんです。

90年代から00年代を経て、起業家として生きる道は広がり、スタートアップ業界が自律的に回るエコシステムはできてきました。その成長を見つつ、ETIC.はもともと取り組みたかった社会起業家の育成へシフトしましたが、これはまだ円滑に回っていません。

「社会起業家」も「起業家」も、「社会や地域を良くしていこう」という当たり前の志を仕事として作り上げる、という意味では同じです。1992年頃まで、社会起業家の概念を知る人はほとんどいませんでした。私がビジネスのアイデアを競うビジコンなどで紹介した時は、志のある起業家や投資家から「そういう挑戦があるのか」と、とても喜ばれました。

ベンチャー企業の主な目標はIPO(新規株式公開)を目指して、極力、事業的なインパクトを大きくする、というものでした。でも、これに当てはまる興味関心や実力、環境を持っている人はごく限られており、ストライクゾーンが狭い。

社会起業家なら、例えば、メディア、経営者、研究者、医療者、子育て世代など、様々な人が当事者になり得ます。彼らが組織をつくって、法人化すれば良い。社会起業はどこからでも可能ですし、必要とされています。

「住んでいる場所や、社会を良くしたい」と感じた人たちが主体的に課題に取り組む。これが社会起業家の力の源泉です。それを学んでこなかった人たちは、自分が力を持っていることにすら気づきません。起業家育成のときもそうでしたが、当事者意識の裾野を広げ、自分たちの力に気づいてもらうのが、社会起業家が増えるために必要だと思っています。

ネットが広げた個人の力 閾値を超えれば社会を変える

ETIC.の活動もあり、社会起業家という生き方を選ぶ人は少しずつ増えてきました。その変化を生んだのは何でしょうか。

宮城:私は団塊ジュニアの世代、ベビーブーマーです。この世代は、日本社会が物質的な豊かさを実現していく中で生まれ、経済成長を前提とした価値観に囲まれて育ちました。けれども、私より下の世代は、自分の父や母以上の世代が求めてきた豊かさや成功に対する執着が薄いように感じます。

高度経済成長からバブル期を経て、経済の長期停滞があり、社会の在り様は変わっています。それにもかかわらず、社会的に「成功」や「幸せ」とみなされる評価の尺度は、上の世代の価値観を中心に定められるために固定的で、若い世代もそれにコントロールされがちでした。しかし、その状況を大きく変えたのがインターネットの普及です。

ネットで誰もが情報発信できるようになり、個人の影響力が大きくなりました。高校生が発信したツイートが、世界中の人の心を動かすこともあり得る。上の世代の常識が通じない社会に急激に変化していきました。

同時に、社会や個人の価値観を大きく揺るがす出来事が続きました。リーマンショック、東日本震災、新型コロナウイルスの蔓延など、2000年以降の様々な事象によって、敷かれたレールを進むことに疑問を持つ個人が増えていき、ネットの力と相まって、多様な生き方を選ぶ人が増え、その人達の情報発信がさらに多様な生き方へ憧れる人を増やしました。

その結果、若い世代には「社会起業家も選択肢の一つ」と考える人が増えています。自分の資産を増やすためだけにビジネスをすることに疑問を持ち、違う人生を選ぶ人達です。とはいえ、まだその変化が多くの人に知られるほどに広がっていません。

新しい価値観の若者が顕在化しにくい理由は何でしょうか。

宮城:日本人は、よく言えば優しく、悪く言えば同調圧力に弱くて主体性が薄い。だから、上の世代が作ったシステムに異を唱えてまで、新しいシステムを作る人はほとんどいません。若い世代が上の世代の期待に応えようとする構造になりがちです。

いまの20代半ばよりも若いZ世代は、世界では大きな影響力を持つようになっています。彼らの新しい価値観が、例えば環境問題などで世界を動かすほどの影響力を持つようになっている。でも、日本は若者が少ないこともあり、既存のシステムがまだまだ強い。社会起業家的なリーダーに殻を突き破って欲しいし、メディアや教育にも改革を進める役割があると思います。

私はインターネット黎明期の1990年代から活動してきました。ネットの成長を牽引してきた人たちには「power to the people(人々に力を)」という理念がありました。その後の四半世紀で、実際にパワーは人々に移管されてきたと思います。

日本人の同調圧力への弱さは、逆説的に言うと「どの同調圧力に乗っかるのかに敏感」とも言えます。トレンドが変われば一気に変わる。

昔は政府や教育機関、メディアが動かなければトレンドを変えられませんでしたが、デジタルやSNSのネイティブ世代は、自らの力で情報を獲得するスキルや環境を持っています。一人ひとりがアクションを起こし、閾値を超えれば雪崩を打ったように社会が変わることもあり得ます。

資産を一つの資源と捉える 新しい世代のリーダー像

広がりつつある社会起業。その支援のために設立される一般財団法人Soilにはどのような期待をしていますか。

宮城:非営利スタートアップに着目していることが非常に価値が高い。支援を受けた起業家たちが活躍することももちろん大事ですが、私がもう一つ注目しているのは、従来の物差しで見る「成功者」の概念が変わり、その動きが広がっていくかどうかです。

大前提として、Soilがなぜこの取り組みを始めたのか。どうやって課題を解決しようとしているのかを考えてほしい。自分自身がより裕福になることではなく、築いた資産をどう有効に使うかを考える。そういう生き方がスタンダードな社会をつくる可能性を秘めたプロジェクトだと思います。

私より上の世代の起業家の多くは、手探りで苦労しながら道を切り拓いてきました。だから、自分が手にした資産への執着が強い。IPOを「人生のご褒美」と捉えている人も多かったように感じます。もちろん、それ自体は、悪いことではありません。

ただ、久田さんのように、成功した起業家の中で自分が手にした資産に対する執着が薄い人が出てきていることは、私にとっても「ついに」という驚きと喜びがありました。自分の資産を一つの資源だととらえ、社会に最大限のインパクトを与えるためにどのように活かせばいいかを考えています。「自分だけの力で培った資産ではなく、資本主義と株式市場の仕組みで得た資産を自分だけのものとは思わない」というフェアな考え方が、新しい世代のリーダーだと感じました。

久田さんよりも少し上の世代になりますが、この感覚は資産を多様性や子育てなどの分野に活用することで話題になったメルカリの山田進太郎さんや、mixiの笠原健治さんにも共通していると思います。以前なら良いことをしても、社会がある種のスタンドプレーだと捉えてしまいがちでした。でも今は「素晴らしいことだね」「次の世代は、そうなっていくよね」と共感する土壌が育ってきています。

一人の資産家に委ねるのではなく、裾野を広げる

ネットが個人の発信力を強め、多様性を生み、価値観が変化し、社会起業家を目指す人が増え、Soilが生まれ、支援が強化されていく。この流れは加速していくのでしょうか。

宮城:社会の課題解決を目的としたスタートアップに資金提供する流れは、世界的なトレンドです。日本ではロールモデルが乏しかったし、社会的に合意できる土壌が整っていませんでした。でも、久田さんたちのような人が登場して、発信する社会になったので、Z世代には、同様の価値観を持つ人が増えてくると期待しています。そうすれば、間違いなく加速していくでしょう。

日本でもフィランソロピー(社会課題の解決)的な支援や、小口の寄付は、そこそこ広がっています。でも、非営利団体が事業を拡大していくための資金提供は、まったく足りていません。その分野に事業での成功体験のある起業家がコミットすることは大きな意味がある。

株式会社でも社会課題の解決はできますが、あえて非営利という形態をとるからこそ、より効果的に取り組める課題もあります。例えば、医療や教育など提供者と受益者の情報格差が大きい分野。非営利組織の方が「特定の個人や企業の利益のためではなく、受益者のためにやっている」と信頼を得やすかったり、地域振興や街づくりなどで関係者の主体的な参画を促したりできることを私たちは経験として知っています。

しかし、非営利だと経済的な見返りが見込めないために投資が集まりにくい。この分野への投資が増えて、非営利団体が迅速に社会へインパクトを与えられるようになれば、非営利活動ももっと注目されると思います。

Soilのような取り組みを、一人の資産家に委ねるのではなく、それぞれの資産規模で、大小問わず無理せずにやれる社会にしたい。成功してから始めるだけではなく、とりあえず始めてみようというスタイルを、もっと広げたい。そうすれば社会起業の裾野はさらに広がり、Soilが目指す新しいエコシステムが生まれると期待しています。

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