市場はアフリカ 7億人に安全な水を【Soil1000採択団体インタビュー#1】
2023.07.31
非営利スタートアップを支援するインキュベーター・アクセラレーターの一般財団法人Soilは、業界や地域にこだわらず、さまざまな団体を支援しています。重視するのは「儲からないけど意義がある」事業。そんな1社の株式会社Sunda Technology Global(SUNDA社)は、東アフリカ・ウガンダの農村部で村人が安全な井戸水を確保し続けられるシステムを提供しています。実現のカギとなったのが、モバイルマネーと従量課金制という、日本でもおなじみの仕組み。同社を起業した坪井彩・代表取締役CEOに、あえて遠いアフリカの農村で挑戦を始めた経緯と想いを聞きました。
1988年生まれ。2013年に京都大学大学院を卒業後にパナソニックに入社し、IT部門でデータ分析コンサルタントとして勤務。同社による発展途上国の課題をビジネスで解決する社内プログラムの一環で、2018年に青年海外協力隊員としてウガンダの地方県庁の水事務所で活動。1年間の活動中にウガンダ農村部の水問題を解決するシステムとして「SUNDA」を考案した。2021年に第6回日本アントレプレナー大賞受賞後、パナソニックを退社。株式会社Sunda Technology Globalを創業後、主にウガンダを拠点に活動を続ける。
アフリカ農村部で起きている、本当の“水の問題”
私がSUNDA社を立ち上げることになったきっかけは、2018年に青年海外協力隊の活動でウガンダに赴任し、安全な飲み水の確保、具体的には井戸の課題を解決するプロジェクトに携わったことです。
国際協力などによって建設された井戸は、実はその維持管理が大きな課題です。国際協力機構(JICA)が公表した資料にも書かれていますが、日本の無償資金協力事業で建てられたハンドポンプ式の井戸の平均稼働率は約70%です。
井戸が稼働していない理由は、多くの農村部でハンドポンプが金属疲労などで壊れても放置されたままになっているからです。
井戸が壊れてしまうと、村人は不衛生なため池の水を使わざるを得なかったり、安全な水を得るために数キロ先の井戸まで歩いて水をくみに行ったりする必要があります。水くみの道中で暴力や性被害などの危険な目に遭うことも少なくありません。
ため池などの不衛生な水を飲むことで下痢などの病気にかかるリスクもあります。バイクや車を持つ人に水くみを頼むことはできますが、たいていは高額の代金を支払うことになります。
壊れたポンプの放置、村人の不信感・不公平感が背景に
ハンドポンプが壊れたまま放置されるのは構造的な要因があります。多くの農村部では、ハンドポンプの維持費は、各世帯が毎月同じ額を出し合って賄うルールです。すると大家族と少人数の家族の違いなど、家庭によって水利用量が大きく異なる中で不公平感が生まれます。現金による料金回収によって起こる“ネコババ”などの不正を懸念して、支払いを拒む方も多いのです。
不払いのまま取水する「フリーライド」も起きていました。さらには、定額料金で水が使い放題なので、必要以上に取水しようとしたり、子どもが井戸で遊んで水を垂れ流しにしたりして、ポンプの劣化が早まっていました。
私はウガンダ中部のブヤナ(Buyana)という農村で、井戸の維持管理責任者だった牧師とともに壊れたハンドポンプの修理代金集めを手伝った経験があります。各世帯を回って支払いを求めたのですが、「子どもの学費に充てなくてはならない」「お金は夫が管理している。夫は今いない」などと、様々な理由を付けては拒まれました。
日本円で総額数万円程度で、各世帯で割るとわずかな額でも、それを集めるのにも何日もかかり、精神的にも体力的にもつらい作業でした。その時は修理に必要な金額は全て集まらなかったため、残りの額(日本円で2万円ほど)は私が“自腹”で負担しました。いったんは直りましたが、3カ月も経たないうちに再びポンプが壊れてしまいました。
村人から「何とかしてくれ」と泣きつかれ、村の牧師からも「何とかこの問題を日本の力で解決してくれないか」と、私の両手を握ってすがるような表情で懇願されました。
モバイルマネーと従量課金で課題を解決するソリューション
ハンドポンプの維持管理費を村人たちが公平に出し合える仕組みをつくり、村の中だけで維持できるようにしないと、結局放置されることにつながります。それを行政や国際協力ではなく、民間のビジネスとデジタル技術の力によって創ろうと考え出したのが、SUNDAです。その仕組みは次の通りです。
SUNDAの仕組みのポイントはモバイルマネーと従量課金制です。
アフリカでは携帯電話がかなり普及しており、モバイルマネーも一般に浸透しています。日本貿易振興機構によりますと、2022年のモバイルマネーの登録アカウント件数は7.8億件で、アフリカの総人口の半数以上が使用している計算になります。ポンプに設置した水量計も、携帯電話回線を通じて遠隔でSUNDAの管理用サーバーとつながっています。
従量課金制は、ブヤナ村の多くの村人から意見を聞く中で、「水をくんだ分だけ払うのなら納得できる」などといった意見が寄せられたことから採り入れました。
SUNDAの仕組みなら、各家庭が必要なだけ水をくみ、その量に応じて維持管理費がモバイルマネーの残高から差し引かれるので公平性が担保されています。代表者が各家庭を回って現金の手渡しで集金する手間もありません。
この仕組みは簡単に構築できたわけではなく、「ユーザー」である村人たちに何度も意見を聞いて改良を重ねました。途中、技術的な壁にもぶちあたって想定したようにシステムが動かず、とても焦りました。でもプロジェクトのパートナーになってくれたウガンダ人のエンジニアががんばってくれたり、機器に不具合があっても迷惑をかけてもブヤナ村の人々が応援してくれたりして、2018年12月に何とか試作機を完成させました。
ようやく設置できたとき、村人たちがすごく喜んでくれたのがうれしかったです。村の牧師からも「私の人生の大きな課題がこれで解消した。本当にありがとう」と言っていただき、とても感謝してくれました。
自分の手で、水の問題を解決したい。一念発起し起業
SUNDAの試作機完成とともに協力隊での1年間の任期を終え、SUNDAの改良や検証などは後任の協力隊員らに託し、当時の私の“本業”であるパナソニックに帰任しました。
しかし、どうしても自分の手でSUNDAを成功させ、ウガンダの、アフリカの水の問題を解決したいという想いが日に日に強まっていきました。そして2021年の第6回日本アントレプレナー大賞に応募し、受賞したことから、SUNDAに人生を賭けてみようと決断。2021年7月にパナソニックを退社し、拠点を本格的にウガンダに移しました。
SUNDA社を本格的に稼働させ始めてからは、量産体制の確立、現地スタッフの採用、行政や各地の農村との折衝……といった多岐にわたる業務を、共同創業者となったウガンダ人エンジニアらとともに進めました。
一方でトラブルは日常茶飯事でした。拠点とする首都カンパラから車で2-3時間の距離の村にSUNDAを設置した日の夜に「動かなくなった」と電話が入り、翌朝再び修理しに戻る――そんなことが何度もありました。
山積する課題…技術、人材、そして資金が足りない
それでも順調にSUNDAの設置は進み、2021年に20基だったウガンダ国内での設置数は2022年に累計150基と順調に増えています。
ただ課題はまだ山積しています。大きなものは次の二つです。
一つはプロダクトを磨き込むための技術支援です。水量計や水バルブなどは耐久性が求められます。村人が誤った使い方をしたり子どもがポンプで遊んだりして壊れることが多く、壊れにくくすると同時に、壊れても現地で安価に手に入る部品で交換・修理しやすい仕様にする必要があります。システムはソーラーパネルを使って太陽光で自家発電する仕組みですが、消費電力を抑えるとともに、パネルなどを盗まれにくいように改良する必要もあります。
他にも使いやすいデザインの考案など、技術的な課題はたくさんあります。ものづくりの技術水準では今も世界最高レベルにある日本の業者の協力をもっと仰ぎたいです。
二つ目は経営幹部の採用です。技術力のあるエンジニアもそうですが、会社経営・マネジメントを担ってもらえる日本人パートナーを探しています。
私も(共同創業者の)ウガンダ人エンジニアらも会社経営や、ここまでの大規模なものづくりは初心者です。SUNDA社の成長に向けてよりスピードアップできるよう、十分な体制づくりをしていきたいです。想定している日本人の経営パートナーは、ウガンダと日本を行ったり来たりするか、拠点をウガンダに移してもらうなど、「フルコミット」が前提なので、それなりの報酬を支払う必要があります。
Soilさんには2023年3月に1000万円の寄付をいただきました。また自分たちでも500万円を目標額に設定してクラウドファンディングを実施しています(2023年7月13日まで)。こうした資金はプロダクトの改善や体制づくりに充てさせていただきます。研究開発や設備投資を賄うため、さらなる資金的な協力をお願いできればと思います。
目指すはサブサハラアフリカに35万基設置
SUNDA社の成長に向け、私たちはとても高い目標を掲げています。まず今後5年間でウガンダの農村部にある6万基以上の半数にSUNDAを設置する事業計画を立てています。
そして今後10年間では、ウガンダのみならず、サハラ砂漠以南のサブサハラアフリカ地域の農村部に暮らす約7億人の半数が使う井戸にSUNDAを設置する目標を掲げています。その数は35万基。インフレや人口増加を加味して、3000億円規模の事業に成長すると見込んでいます。
ハンドポンプがあるのは主に農村部で、都市部の水道利用者と比べてより収入が低い人たちです。そのため、SUNDAユニット1台、もしくは一人ひとりの水利用から得られる利益は薄く、ビジネスとして成立させるのには難易度が高く、現時点では競合はいません。
しかし、本当の意味で安全な水へのアクセス問題を解決するためには、アフリカ農村部の“マジョリティー”は無視すべきではないと思います。SUNDAを設置して村人たちからの感謝と喜びの声を聞くたびに、もっと多く、もっと早く期待に応えたいという思いが強まります。
将来、SUNDAがハンドポンプなどの水インフラ設備の『標準』となり、ウガンダ全土、アフリカ全土へ拡大できれば大きな事業になると確信しています。アフリカの約7億人に安全な水を届けられるよう、チャレンジを続けたいと思います。これからも応援していただけるとうれしいです。