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人や企業が海に優しい選択をする社会へ。海を“再現”する技術で貢献したい【Soil1000採択団体インタビュー#2】

2023.07.31

株式会社イノカ

非営利スタートアップを支援するインキュベーター・アクセラレーターの一般財団法人Soilは「儲からないけど意義がある」ビジネスに取り組むさまざまな企業・団体を支援しています。支援先の1社の株式会社イノカは、サンゴのような海洋生物の生育環境を再現できる技術を生かし、企業の製品試験の受託などを行ってます。創業した高倉葉太代表取締役CEOに、そのユニークなビジネスモデルと将来展望を聞きました。

高倉葉太代表取締役CEO
高倉 葉太(たかくら・ようた) 株式会社イノカ代表取締役CEO
1994年生まれ。2017年に東京大学工学部機械工学科を卒業、同大学院では落合陽一氏などを輩出した暦本純一研究室で機械学習などを研究した。大学院修了後の2019年4月に株式会社イノカを設立。「人と自然が共生する世界をつくる」を経営理念に掲げ、生態系を再現する独自の「環境移送技術」を活用し、大企業と協同で環境の保全・教育・研究を行っている。

企業や消費者が海に優しい選択をする社会へ

世界の海で多くの海洋生物が今、絶滅の危機に瀕しています。特にサンゴは2040年にその8~9割が死滅するとも言われています。サンゴ礁は海洋生物の25%にあたる、9万3千種以上の動植物の生息場所で、マングローブ林などとともに、海洋生物の多様性を支えています。つまり、人間の食料にもなる魚類の生存も支える場所なのです。

 一方で、海の中は陸上に比べてその実態が見えにくく、人々が共感を持ちづらいという問題があります。四方を海に囲まれている日本でも、消費者の海洋に優しい製品や活動への意識はまだ乏しいと言わざるを得ません。国の海洋環境に関わる政策も、“カーボンニュートラル”などに比べるとまだ優先度が低いと思います。

 僕たちイノカは、水槽に海とほぼ同じ環境を再現する、言い換えれば「海を陸上に移送する」という独自技術の「環境移送技術」を持っています。

 これを生かして、企業の製品や人間の活動が海洋環境に与える影響を評価することで、海に優しい製品の開発を企業に促し、さらに消費者が海に優しい商品や活動を選択する――そんな社会をつくっていきたいと思っています。

海に与える影響を「治験」するビジネス

 具体的には、環境移送技術を生かした事業の柱が、海に関わる事業を行う企業・団体の製品試験などを受託する「研究開発事業」です。クライアントは海運会社や鉄鋼会社、自治体などと業種・業態ともに幅広く、各社・団体の主に研究開発予算を充てていただいています。

 例えば、化粧品メーカーの「資生堂」様との取り組みでは、同社が販売する日焼け止めがサンゴ礁や海洋環境にどんな影響を及ぼすのかを共同研究しています。

 具体的には、複数の水槽内でそれぞれサンゴを飼育し、同社が日焼け止めで使用する紫外線防御剤などの成分を投入。その量に応じてサンゴの生育にどれだけの差が出てくるかなどを調査し、得られたデータをレポートにして提供しています。

 この手法は薬でいう「治験」と同じで、実際に海洋に流出させる前に水槽環境で科学的に評価するという役割があります。なのでイノカではこの事業を「海洋治験サービス」と呼んでいます。

他にも、イノカが蓄積してきた手法・知見を提供することで、これから魚介類など水産資源を活用したビジネスや研究を始めようとする企業・団体に役立ててもらう、「ブルーレシピ」というコンサルティングサービスも行っています。

教育・イベント事業、将来の「仲間」を募る狙いも

 もう一つの事業の柱が「教育・イベント事業」です。イノカの水槽や機材、サンゴを使っていただき、最先端の海洋教育プログラムを提供しています。

 例えば、小学生向けの体験学習プログラム「サンゴ礁ラボ」では、南国の海や研究施設などでしか見ることができない本物のサンゴに触れてもらったり、クイズ形式でサンゴの生態を学べたりと、子どもたちが楽しみながら環境についての関心を深めることができます。

 「サンゴ礁ラボ」は2020年から続けているプログラムで、これまでにのべ6000人以上の子どもたちに参加してもらいました。キッザニア東京やみなとみらい東急スクエアなどの商業施設から依頼をいただいたほか、商船三井グループに2022年にオフィシャルパートナーに就任していただきました。

イノカが主催する「サンゴ礁ラボ」(イノカ提供)

 企業・団体のオフィスに水槽を設けてサンゴ礁を再現する「オフィスブルー」という事業も展開しています。観葉植物と同じようにオフィスを美しく彩るだけでなく、企業・団体の社員らに海洋に関する学びを深めてもらう取り組みです。

 これらの教育事業は、SDGsに注目が集まる中で、子どもや若者たちへの環境教育に取り組む企業・団体をサポートすることはもちろん、次世代の海洋研究者やビジネスを通じて海の課題を解決する仲間を増やしていきたいという僕たちの願いも背景にあります。

 そもそも、環境ビジネスは息の長い取り組みが必要です。今は若いメンバーが多いイノカですが、僕たちの教育事業に触れて海の生き物を愛する子どもが増え、イノカの10年後、20年後を担ってもらう仲間になってくれるとうれしいです。

イノカのコア技術で成し遂げた世界初

 研究と教育の二つの事業を支えるのがイノカのコア技術「環境移送技術」です。光や水流、水質、バクテリアなど約30のパラメーターを制御して実際の海に近い環境を再現するものです。

 例えばサンゴの場合、窒素やリンなどの栄養素のバランスが崩れるだけでも病気につながり、死滅してしまいます。そこでイノカでは、画像を解析するAIやIoTを活用した監視システムで水槽内をモニタリングし、さまざまなパラメーターを制御することで、これまで水槽内で飼育が難しかったサンゴを育てることができる技術を確立しました。

独自のIoTシステム「MONIQUA」で水槽内をモニタリングしている

2022年2月には、時期をコントロールしながらサンゴが産卵できる環境を人工的につくり出すことに成功しました。これは世界初の試みです。

落合陽一氏、丸幸弘氏らの助言で起業の道へ

 イノカの事業の原点は、僕の実家にあった父の水槽(アクアリウム)です。60センチ大のものが10台ほどありました。

 中学2年生の頃、多忙な父に代わって僕が熱帯魚の飼育を始めました。これが面白くて、毎週のように熱帯魚ショップを訪れては魚や水槽に入れる飼育設備を買っていました。高校の頃にはサンゴを飼い始め、すごくのめり込みました。でもサンゴの飼育は難しくて失敗続きでした。

 進学した東京大学では工学部機械工学科に進み、ソニーコンピュータサイエンス研究所副所長でもある暦本純一教授のゼミ「暦本研」に入ってAIの研究をしていました。

 暦本研ではOBでメディアアーティストの落合陽一さんにもお会いしました。落合さんから「世界を変える職業は政治家、経営者、文化人、芸能人と研究者だ」とアドバイスしていただくなど、刺激を受けました。その後の学生生活で「研究者は向いてないな」と感じて、経営者の道を進むことを決めたのも、落合さんの影響です。

 ただ、具体的にどうやって起業するかのアイデアはすぐに浮かびませんでした。大学4年生の時、スタートアップ支援を行う「リバネス」CEOの丸幸弘さんの起業塾に参加したとき、「自分が本当に好きなものに向き合いなさい」と言われ、僕は何が好きなんだろうと考えて思いついたのがアクアリウムでした。

リバネスCEOの丸幸弘氏(写真左)と(イノカ提供)

丸さんのアドバイスに従ってアクアリウムの業界をリサーチしたり、メーカーやお店の人たちに話を聞いたりして、マーケットと現場の実情について学びました。そして生き物と触れ合う楽しさが溢れるアクアリウムの可能性を再認識したのです。

 大学院に入って2年間準備した後の2019年4月、イノカを設立しました。社名は「アクアリウム(aqualium)をイノベート(innovate) する」という意味から、イノカ(Innoqua)と名付けました。

「手探り経営」で苦労、3期連続赤字から黒字転換

 とはいえ、創業当初は僕たちの技術やサービスについて説明しようとしても、誰も相手にしてくれませんでした。僕自身も、経営の知識はおろか社会人経験もないまま起業し、学生サークルの延長のように手探りで経営していたというのが実態でした。会社の資金はあっという間に無くなっていき、一緒に始めた仲間の一部も離れていってしまいました。

 それでも「サンゴ」という特異性からか、メディアに取り上げられる機会が少しずつ増え、知名度が高まるとともに、売り上げも増えていきました。同時に「手探り経営」をやめて社内の様々なルールを整え、無駄な出費も減らしていったことで、2023年2月期に初めて黒字に転換しました。それまでは創業から3期連続で赤字でした。

 今期(2024年2月期)からは増収増益を目指していきます。ニッチな分野ですが、日本でもESG経営やサステナビリティの考え方が広まってきています。日本は四方を海に面した国ですし、海に関わる事業を展開している企業も多い。イノカもサンゴのみならず海洋環境に関わる広い領域に進出して、力強く成長していきたいと思っています。

 2023年はまず採用に投資したいです。現在は役員4人、社員6人の体制でこのうち社員を4人増やして10人体制にする計画です。

 イノカの事業は地球環境に関わる、息の長いビジネス。社員としてジョインしてくれた仲間には、次の次代を担うリーダーになってもらいたいと思います。

めざせ「海の研究の相談は全てイノカ」

 採用だけでなく、実験用の水槽を増やすことや実験用の機材の導入・更新なども行っていきたいです。より多くの水槽を設置できる広いオフィスへの移転も計画しています。研究設備への投資はいくらあっても足りません。

 2027年までには「アクアトープ」と名づけた研究拠点を構築する計画です。創業当初から掲げている構想で、世界中の海洋環境を再現した水槽を1カ所に集め、そこで研究者が世界最先端の研究を行うとともに、一般の人たちも見にくることができるような場所をイメージしています。

イノカが計画する研究拠点「アクアトープ」のイメージ図(イノカ提供)

 その頃には、海に関わる日本のあらゆる企業・団体から「海の研究に相談するならイノカ」という状態になっていることを目指します。「サンゴベンチャー」として始まったイノカは、2027年には様々な海や環境の知見が集積されてゆく「海洋研究プラットフォーム」のイノカにアップデートします。

 そうした状態の実現のためにも、僕たちの事業に共感してくれる企業・団体からの出資を期待したいです。Soilさんには2023年3月に1000万円の寄付をいただきました。こうした構想の実現に向けて充てさせていただきます。

日本の海の“競争力強化”にも貢献する

 日本は、領海の広さだけでなく海の深さも含めた「海洋体積」では世界で4番目に大きい国です。海洋は、日本が世界と「質・物量」両方で戦える数少ない領域だと言えます。

 サンゴだけに関しても、日本は世界の約800種のうち430種のサンゴが、沖縄近海を中心に生息しています。世界で最もサンゴなどの生物多様性が高い「コーラル・トライアングル」は日本の隣の東南アジアの海にあります。その東南アジアと日本は「黒潮」でつながっています。こうした地理的特性は日本の大きなメリットです。

 日本は地理的メリットを生かしてリーダーシップを発揮し、海の生物多様性の課題に取り組んでいくべきだと思います。そしてイノカは「海洋研究プラットフォーム」として、日本の海における競争力強化に貢献していきたいと考えています。

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